Edwina Horl 16SS

「tan tan tan run run run」

今季のEdwina Horlは、世界的な難題となっている難民問題をテーマにされました。
難民の人々が、異国の地を足早に歩き、時には危険から逃れるために走る様子をrun run run。
そして、言葉が通じない異国でのコミュニケーション方法としての、身振り手振り(手などを叩く)をtan tan tanという言葉に落とし込み、タイトルにされました。
このEdwina Horlからのメッセージを受け止めて頂く事で、個々が、そして日本がどうしていくべきかを、今一度考えるきっかけにして頂ければと思います。


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もはや故郷にいることのできない人間は、どう生きていくのか

今、世界ではおよそ6千万人の人々が、自国や外国で難民生活を強いられている。
難民キャンプ、収容所、テント村、コンテナ、あらゆる形態の避難所で、人々は先の見通しの立たない、ある種の待機状態に置かれている。

トルコで何百万人、イランで何百万人・・・そして中央アメリカや東南アジアでの人々の大規模な移動。
戦争はひとつの大きな要因ではあるが、その他にも土地を奪われたりと理由は様々だ。
そして今やヨーロッパにおいても状況は深刻であり、すでにドイツでは2015年までに80万人と見込まれていた流入する難民の数が、150万人に達する可能性があると上方修正されるなど、その正確な数字は誰一人把握できていない。
ドイツ連邦の首相でさえも。
しかし、その数が日に日に着実に増えている事だけは確かである。
グローバリゼーション化が進む中で、世界はより一つの集合体としての在り方を強めている。

それゆえ私たちは、数年前から顕著になった人々の移動のうねりの渦の中に否応なしに置かれている。
しかし、私たちは2015年の夏になって、初めてこの地球上で何が起こっているのか、そしてまたその猛烈な勢いを目の当たりにしたのだ。
それらの「歴史的瞬間」は問題を顕在化させ、私たちは、いかに政府がまったく何の準備もないまま、その対応に追われたかを知ることになった。

少し前に比べ、世界の中で豊かで安全に暮らせる地域が増えてきたように思える。
しかし、そうして羨望の地となって難民の波を迎え入れることになった多くの国々は、残念なことにその一方で難民を作り出すことにも荷担していたのだ。
経済的に搾取することによって、また武器を売ることによって。
ヨーロッパは精神的に最も深く人道主義の根付いている地域であり、そのために受けた衝撃も計り知れないものがあった。
第二次世界大戦の終戦以降、こんなにも多くの人が故郷をを追われることは一度としてなかったのだから。

なにができるというのか。
どの国も、あのドイツさえこの挑戦を成功に導くための道筋を見いだせていない。
この事態を捉えて、これは「由々しきこと」だ、「危機的状況」だ、「世紀の大問題」だという人々がおり、一方でこ、れは「チャンス」であり、難民は「資源」であり、「人口問題の解決」が計れるというように考える人々もいる。
こういった状況の中では、住民(ドイツの)の多くは、難民たちに手を差し伸べる気持ちはあるものの、動揺や不安を募らせ、新しい土地での生活を望む、あまりにも多くの難民を目の当たりにしては、専門家ですら現状をどこへ導いていけばいいのか分からずにいる。

いったい何が難民を生み出すのか。
いずれにせよ、彼らは決まった範囲の土地の中を歩き回り、雨露をしのいで暮らす遊牧民ではない。
難民には、互いに重なり合い、そしてまた矛盾する様々な世界が作用している。
その第一の世界とは、様々な深刻な要因のために、彼らがそこを去らざるをえなかった故郷である。
この故郷と呼ばれる場所。
例えばそれはシリアであり、そこはすでに失われていて、たとえ今そこを訪れたとしても、戦争が起こる前にあった場所は、もはや存在しない。
しかし、彼らはその場所を自らの中に持ち続け、記憶や言葉の中に大切に保管している。
別の新しい「シリア」以外には帰還する場所はないのだとしても。
そして、難民にとっての第二の世界というのは、望まれざる存在として、そしてこの世のものではないかのごとく、永遠に疎外された存在。
エイリアンとして、彼らがそこを通り過ぎてきた、いくつもの世界である。
彼等は、その世界で生存する権利も生活の基盤も持たず、できることといえば、先へ先へとただ歩き続けるのみ。
たとえ生命の危険にさらされていたとしても。
絶え間ない世界の変化(その風景も、気持ちも、そして空腹も、身に迫る危険も)にさらされ、そして決して歓迎されぬ場所というものは、彼らの痛々しいまでの喪失感をより深めたに違いない。
それでも、彼らはどこかに向かって歩き続けなければならなかったのだ。

8つの国を通り過ぎ、6度目の挑戦でやっとドイツにたどり着いた難民の女性がいる。
「私は2年間で数千人の人々と知り合い、そして、30年分の経験をした」(27歳のシリア人女性、現在ハンブルク在住)

第三の世界は彼らが辿り着く目標とした国であり、難民がなんとか庇護を受けられる場所。
彼等の問題を解決してくれるであろう国である。
その希望の国では、多くの幻想はたちまちのうちに消え去ってしまう。
数々の苦難は報われず、難民として認定されるまでの長い道のりが待ち受けているのだ。
難民生活とは、長時間移動しながら生活することであり、その移動の間、彼らは世界の外、治外法権の状態に置かれる。
つまり難民は自立しておらず、自らの土地も持たず、財産も持たない。
しかしながら、目指す国にたどり着いた者たちは、驚くべき決断力があり、強固な意志を持ち、リスクに対する周到な準備をし、そして計画を立て、それを実行する才能や見知らぬ土地を行くためのツール(携帯電話だとか)を持っているのは明らかで、つまるところ、彼等には能力があり、辿り着いた先の希望の国で、間違いなく必要とされる人材であるのだ。
welcome to japan!

PS
難民像のいくつかは私たちにも当てはまる。
とりわけ、日常においてぎりぎりの状況に追いやられたときや、強迫観念を振り払わねばならないときなど、隣にあるカフェに入って気持ちを落ち着けたり、速やかに旅に出たり(島など)、バーへ駈け込んだり、インターネットサーフィンをしたり、ベットに逃げ込んだりして困難から単純に逃避するのである。
それが、私たちによい意味で困難との距離をもたらす場合、小さな逃避は有益である。
また、私たちの想像力には「現実の」世界では決して叶えられないような願望や憧れの実現を夢想するといった、現実逃避的な側面もあるのだ。



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