Edwina Horl 16-17aw

「older」

今季のEdwina Horlは、年を重ねる事への考え方について、疑問を投げかけられました。
海外においては、年を重ねるという事は精神的な成長を意味し、その内面の美しさに重きをおかれる事が多いのに対し、昨今の日本においては、内面の美しさよりも外面の美しさばかりに重きを置くようになり、年を重ねること自体をマイナスと感じられる考え方が浸透しています。
年齢(年を重ねる)というモノに対しての考え方を、違う方向から見る。
もしくは、そのモノから解き放たれる事で、新たな世界が見えてくるのではないでしょうか。


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"You look so young!"「お若く見えますね!」

幾つ年を刻むと私たちは老いをかんじるのだろう。
年齢に相応しい身なりを心掛ける、あるいは、服装で年を誤魔化そうと試みるのはいつの頃だろうか。
服装において年相応の装いを決める際の模範となるのは何者だろうか。

老年とは「形而上学の不動」とよく言われている。
人の生は終わりに向かって進み、ある日、来るべき終焉を迎える。
しかし、これが年を取る事の唯一の捉え方であってはならない。
とは言え、聞こえの良い事を言うべきだという事ではない。
私たちは皆等しく老いる。
それは女性も男性も公平である。
男性は社会的に笑い皺やこめかみの白髪を許容されて、人によっては年を重ねた事により、一層の魅力を増す事もあるが、老化で起こる身体の弱体化、視力の衰え、先刻の事も覚えていられない記憶力の低下、その他諸々の老衰が仕向けるモード(特定の表現様式)の規律から守ってくれるわけでもない。

「私はいつもこのような挨拶を受ける。『お客様がお召しになるのですか』と。
私が他の誰かのために買うのであろうと思われ、自分のために服を買うのではないような言葉である。
-古いトランクに母親の衣服を私がしまっているに違いない、そして、母親の年齢になったらそれを取り出して着るのでしょうと言わんばかりだ。」
-アメリカのフェミニスト反年齢差別の活動家バーバラ・マクドナルド(60代)

服装とくにモードは社会文化的現象によって形成される、それは性と階級の観点から論じられるだけでなく、アイデンティティの問題でもある。
つまり社会的に形成された老年の装いという意識である。
私たちは年齢に相応しく装い、そのことを意識するしないにかかわらず社会の規範に従っているのである。

「トーンダウンしないで!」とは、老いゆく人たちへの励ましの言葉である。
彼等は目立つことを恐れ、年齢相応に装いだすが、-今までの自分の独自のスタイルに自信が持てなくなっている。
年を取るというテーマはすでに公然と論議されるテーマの一部であり、特に若い人たちには関心が高い。
スザンヌ・マイアーの見解ではこの様な傾向が見える。

「ヒステリックに老年化へ向かおうとする。
おそらく人口統計がいびつな社会、即ちますます高齢化する現代では、若者たちがすでに老年化の勢いに飲み込まれている。
そして、元来トレンディな若者たちがこの波に乗って、本物の老人たちと老年化の競争をするのである。」

このことは、20代の若者たちのトレンドであるヘアカラーを銀色に染めるスタイル、30代前半の若者が自身の様を老化現象の現れと嘆くことに認められている。

多くの人々にとって不幸なことは、自分がもはや若くないという時が来るのを恐れて人生の三分の二を送っている。
女性たちの年を取るという感慨は、すでに若い時から始まっているのだ。
自身と他の女性を比べたり、社会が期待する女性としてのモラルと照らし合わせたり、流行、化粧、生活様式、広告企業のイメージによって形成するのだ。

「私たちはどのくらい年を取ったかではなくて、どのくらい若さを失ったかで判断される」

シモーヌ・ド・ボーヴォアール、スーザン・ソンタグが指摘するのは、女性は男性よりもずっと年を取る事がトラウマになっている。
女性が年を取ることは、性的な価値の低下を伴う、なぜならば、女性は美しさを失い、その結果、性的魅力がなくなったことを理由に断罪されるからである。
男性は全体としてみられるが、女性は身体を二分割される。
女性の顔は身体から切り離され、美の理想の流行に従って造形される。
年月をかけて成熟し、その人の人生経験を顔にとどめた女性は人前に姿を現さない。
女性にも男性の様に人生経験の刻印を魅力として認めてあげたらどんなに良い事だろう。
人生を通して顔に残された精彩の光。
失われた若き日々への悔根の影もなしに。

「私が20歳の女の子だった時と現在48歳の私との最大の差異は、私が知らない人たちに何を思われようが気にしなくなったことだ。
他人が考えるイメージは現実の私ではない。
私はそれに合わせようとも思わない。」-シェリル・ロバーツ

老人たちには問われなくとも知恵があるという形容詞を与えられるが、同時に停滞という言葉もあてられる。
-その一方、若さとは、活力、短気、進歩、特にまだ消費されていないものへの欲望のメタファーに使われる。
まさに常に変化し、新しいものを発見することを身上とし、その由来を忘れたがるモードと同じである。
このようなモードの定義では老年の居場所はない。
だから私たちは年を取ると共に本当に賢く、思慮深くなるものだろうか。

「フェミニストたちは、私をある役割のモデル、すなわち母親とみていた。
それが腹立たしい。
私は母親役には全く興味がない。
私は依然として自分自身を理解しようとしている少女のままだ。」-ルイーズ・ブルジョア

スーザン・ソンタグは、小論「老化のダブルスタンダード」で若さと消費志向の社会のジレンマを文化・消費批評の手法で説明する。
若さの賛美と老年蔑視は、絶えず成長を続ける企業の生産性向上への欲望、それらの絶え間ない自然循環の破壊を行う、そして理想的なイメージが作り出される我々の俗世界に直接奉仕するのだ。
私たちの自然な循環である「古きものから新しきものが生まれる」流れを阻害し、我々は必要以上に買い込み、より早く消費し、破棄する道へと誘うのだ。

老年とは現在のモード産業が私たち男女の消費者から欲しがるものの正反対にあると見える。
モードは若者指向であり私たちに最新モードブランドへの購買意欲を仕向けてくるのは若い無垢の身体である。
一つの理想社会、そこでは老年者は現れず、少しも姿をみせてはいけない-それどころか無視されているのだ。
この事でモード産業は新しいターゲットグループ開拓のチャンスをフイにするどころか、社会の重要な視点を忘れているのだ。
つまり長生きの幸運は誰にでも与えられるものではない。
私たちは年を取る事をむしろチャンスと捉え、やっと身軽になって生きられることを楽しみにすべきではないだろうか。

Sabina Muriale
翻訳:菊池雅子/竹井博秀



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